私たちが新校舎に引っ越した翌月から、古い校舎の取り壊しが始まりました。
古い校舎の思い出が、次々に浮かんでは消えていきます・・。
2年生や3年生の頃によく遊んだ校舎の部分、4年生の時に遊んだ中央階段の辺り、
自分が踏み抜いたフローリングのあった辺りなどが順番に壊されていきました。
私は新校舎の廊下から時々その様子を眺めていました。
今更・・という話かもしれませんが、
私が通っていた木造の校舎は、小学校として適切な環境だったと思います。
廊下をどれだけ走ろうが、階段の踊り場から飛び降りようが、
ひざに負担を掛けることもなければ、ケガをすることもありませんでした。
夕暮れ時になると、怪談がよく似合う校舎ではありましたが、
それも子供たちの想像力をかき立てるものでした。
足音一つとっても、木が響く音はとても柔らかく、
コンクリートを歩く足音はとても冷たい音に聞こえました。
そして、いつも子供たちの元気な声が校舎中に響き渡っていたのは、
それを聞いているだけで、『学校=楽しいところ』の図式を思わせる力があります。
フローリングなどは痛みやすかったかもしれませんが、
それを直してくれる人の存在やありがたみを知ることにもなりました。
また、他への移動が盛んだったおかげで、
自然と他の学年の子たちと触れ合ういい機会にもなりましたし、
それによって下の学年の子には優しく、
上の学年の子たちには自分がいずれその学年になったらそうなるんだなー(ワクワク!!)という
期待感を持つこともできました。
時には校舎内の遊び場を巡って、他のクラスの子たちや他の学年の子たちとも
衝突することがありましたが、その解決方法を自分たちで探ることにより
大人になってからも必要な社会性を、自然と身につけていったような気がします。
結局、私の小学校の思い出というと、なぜか授業中の思い出はほとんどなく、(笑)
大部分は校舎のこの辺りで遊んだとか・・そんな思い出だけなんですね。
でも今から考えると、それがどれほど大事だったのかがよく分かります。
きっとその遊びの中でいろいろなことを学んだんでしょうね。
でも・・、今の子供たちはどこで遊び、どこで学んでいるのでしょうか?
★今日のテリー語録
学校の授業も確かに学ぶことには代わりはありませんが、
大人になってからも本当に役立つことって、
案外、ふだんの遊びの中で体得するようなものかもしれませんね。
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今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

